1952年1月21日午後7時半ごろ、札幌市警の白鳥一雄警備課長(当時)が、市内を自転車で帰宅途中、背後より、並走した自転車に乗る犯人に射殺された。今回はこの白鳥警部の殺人事件から日本共産党の体質について見ていきたい。
日本共産党の組織的な殺人事件
白鳥警備課長は、当時非合法活動を行っていた日本共産党対策に従事しており、事件の2日後には共産党札幌委員会による「見よ天誅遂に下る!」とのビラがまかれていたため、当局は共産党関係者を中心に捜査を行っていたが、共産党関係者の複数の自供などから、党の地下軍事委員会指揮による犯行と断定された。
犯行を指揮したとし共産党札幌委員会委員長の村上国治らを検挙した。しかし、殺人容疑で指名手配された関係者10名は、中国に逃亡した。
検察側は、
「村上らは武装蜂起の訓練のため幌見峠で射撃訓練をした。そして、彼らの活動の邪魔になる白鳥警部を射殺した」
と主張し、村上を殺人罪の共謀共同正犯で起訴した。
第1審札幌地裁は共同謀議を認定し、村上を無期懲役、共犯1人を懲役5年・執行猶予5年と判決している。
途中から公判分離されて共同謀議を自供した共犯Tは、1957年(昭和32年)に懲役3年・執行猶予3年と判決されて確定している。
控訴審札幌高裁は村上を懲役20年に減刑し、共犯1人は控訴を棄却している。
1963年(昭和38年)、最高裁判所が上告を棄却して判決が確定した。
村上は1965年(昭和40年)に再審請求して最高裁判所へ特別抗告するも1975年(昭和50年)に棄却されている。
最高裁判所は再審請求を棄却するも、「再審制度においても『疑わしいときは被告人の利益に』
という刑事裁判の鉄則が適用される」と判断し、後年「白鳥決定」と通称されている。
「ああ、党がやったな」とピンときた
日本共産党は当初から、党と事件の関係について否定をしていた。
また、白鳥事件対策協議会(機関紙「白鳥事件」)を発行し、110万人に及ぶ最高裁再審要請署名を集め、全国的に冤罪キャンペーンを展開し、またこの事件の独自推理を展開した松本清張の【日本の黒い霧】の影響などもあり、一般国民も冤罪ではないかと感じていた。
しかし、2012年10月27日の「白鳥事件を考える集い」に白鳥事件に関与し、事件から1年半後に逮捕された高安知彦氏が参加した内容を報じた紙面や、同時代に共産党地下組織で活動をしていた渡部富哉氏がインタビューで答えた。
という内容から、党の関与がないと否定できないことは明白である。
むしろ、「都合の悪いことは切り捨てる」というような体質があると疑いたくなる。
また、このような事実を知っておきながら、110万人の署名を集め、
【全国的な冤罪キャンペーン】を行った日本共産党は、いったい国民をなんだと思っているのだろうか。
インタビュー記事:
http://chikyuza.net/archives/20864
60年以上も逮捕状が更新され続けている
2012年11月24日の日本経済新聞には下記のように記述されていた。
潜伏先の中国で死亡したと伝えられる元北海道大生の鶴田倫也容疑者と佐藤博容疑者について、中国公安当局から確認が取れないからだ。
道警などによると、刑事訴訟規則では逮捕状の有効期限は原則7日とされるが、2人については半年間隔で手続きを続け、9月中旬の時点で鶴田容疑者の逮捕状は約140回、佐藤容疑者は約160回更新されている。海外に逃亡しているため、公訴時効は停止している。」
2012年11月24日付の日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG24003_U2A121C1CC1000/